無碍 – MUGE – を考える

生物の垣根を取っ払い、相手の立場や目線になって想像してみること。

とある書籍には、「私たちが小麦を栽培化したのではなく、小麦が私たちを家畜化した」という一文 がある。

衝撃だった….。

もしかすると小麦に支配されているのは僕ら人間のほうかもしれない。

人間はパスタを食べた、パンを食べたと日々の中で食欲を満たし、満足するが、その生存数、絶対数の観点からも小麦
のほうが大きく進化を成し遂げているのだ。

 

今を生きる人間と人間同士のディスカッションがもっと必要だと思う。

また、人生ではその節目で大きな決断を迫られる場面があるもの。
そんな時、嫌だと思ったら自由を訴える直感に従うその場での瞬発力が大切なんだ。
そこに隙を作っちゃいけない。

そして、素直な心をもてば、どんな困難に直面しても融通無碍※に対処して、自らの歩みをスムーズに進めていくことができると最近は強く思う。
融通無碍な性格と自由奔放では相性は抜群のようだ。

 

※「無碍」とは、さまたげやとらわれるものがなく自由であることを意味し、もともとは仏教用語。
特に「融通無碍」という言葉で使われ、物事や考えにこだわらず、柔軟で自由自在に物事を処理できる状態を表す。

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